あむちゃんと繋がったのは、8月2日のこと。
あの日は今年いちばんの夏日で、現場もなかったので当然あたしは家にいて、ベッドでごろごろしながらスマホばかり見ていた。クーラーって最高だな〜なんて思いながらたまにうたた寝したり、アイコス吸ったり、あむちゃんにインスタのdmでPayPay送ったり。
普段からdmはよくしていたけど、返信こそ来なくても無銭であたしのどーでもいい話を聞かせるのが申し訳なくて、メッセージをひとつ送るたびにPayPayも送っていた。だから、いつものように5000円を送ったら、あむちゃんからはいつもの❤️じゃなくて文章で返信があった。珍しいな〜と思ってすぐに開く。
「くるたんありがと(ᐢ⸝⸝>̶̥̥̥᷄ ·̫ <̶̥̥̥᷅⸝⸝ᐢ)💕今日ひま?」
え〜なんか、誘われてるみたいでドキドキするじゃん。ばかみたいなことを思いながら、
「暑いし家いるよ。早く会いたい」
「くるたんひとり暮らしだよね?今家行ってもいい?」
その時の心境はあんまり覚えてないけど、びっくりはしたんだと思う。でも、まわりに繋がってるオタクも結構いたし、あたしも遂にか、みたいなことも思ってたかも。そしてあむちゃんは言っちゃ悪いけど単純だから、金さえあれば誰とでも繋がるんじゃないかなってずっと考えてたから(根拠は無いんだけど。ごめんね)、まあそんなもんかぁみたいな、どこか達観してる気持ちもあった気がする。てか、頭ではそう分かってたんだけど、やっぱりたぶん好きだから体は勝手に動いてた。
気づいたら住所をdmで送って、あむちゃんはあたしの部屋にいた。
今まで10ヶ月あむちゃんのいるグループのライブに全通し続けて週3くらいで話してたけど、こんな近い距離で顔見るの初めてだし、そもそもあたしの生活環境にあむちゃんがいることに慣れなくて、あと大急ぎで部屋片付けたからボロ出ないかな?いろいろ頭に浮かんできて、その日は何を話したのかほぼ覚えていないけれど、また来るね!ってあむちゃんは帰っていった。
次に家にあむちゃんが来たのは、3日後のライブのあと。
その日の物販でもあむちゃんと話したこともあって、初回よりは断然落ち着いた気持ちで迎えられた。でもやっぱり浮かれた気持ちはあって、二人でしかできない話をしようって意気込んでいたのかもしれない。
「あむちゃんってさ、普段何して過ごしてるの?」
「うーん、服買いに行ったり、彼氏と遊んだりするよ」
二人の時しかできない話をしたいとは思ったけどそうじゃない、そんなこと聞きたかったんじゃないなぁ、でも好きだから全部知りたい気持ちもあるし、この話を他の人にはできないけどあたしにはできるんだとしたら、それはそれで嬉しいかもしれない。とも思っちゃった。やっぱりあたしってバカかもしれない。
2ヶ月経って、あむちゃんとは現場と同じくらいの頻度で会ってるけど、毎回彼氏の話を聞かされる。彼氏はあむちゃんより3つ歳上で、ってことはあたしと同い年。顔はかっこいいらしくて、あむちゃんに写真を見せてもらったけど、あたしは男性に興味がないからかっこいいのかどうかよく分からなかった。金髪のウルフカットで、折れそうなくらい細い。暗い表情をした写真しかなくて、一緒に写るあむちゃんは見たことないくらいの満面の笑顔で、なんか不安になるふたりだなぁ、と思った。
彼氏はお金がなくて、デート代と生活費はあむちゃんが払っているらしい。あたしには彼氏ができたことがないから、そういうもんかな?と思ったけど、どうなんだろう?
それと気になるのは、あむちゃんは彼氏について愚痴を言わないけれど、頻繁に大量服薬つまりODをしたり、人に付けられたような傷も、自分で付けたように見える傷もたくさんあること。
あたしには彼女がいたことがあって、その子は親からの虐待で精神的におかしくなって自傷行為をしていた。だから、自傷行為は人から与えられたストレスによってするものなんだと解釈している。
でも、あむちゃんに聞くと「あむが悪い子だから自傷するんだよ」と言う。なら、あたしも自傷した方がいいのかな。あむちゃんのことを支えられないあたしが悪いよ。あむちゃんが彼氏にもっと大切にされるように、あたしがもっとお金あげなきゃいけない。
その日にあむちゃんが帰ってから、あたしは部屋にあったカッターで、見よう見まねで腕に傷をつけてみた。痛いけど、ぷつぷつと血が出てくるのを見るのはなんだか楽しい。仕事とか、あむちゃんの彼氏についてとか、他のことを全て忘れてしばらくぷつぷつを見てぼーっとしていた。なんだかハマりそうな予感がした。
あたしの腕の傷を見たあむちゃんの第一声は、
「あっさいな〜、そんなんでスッキリする?」
だった。確かにあむちゃんの腕とか脚とかいろんなところにある、でも衣装で隠れる場所の傷は、あたしのそれよりも深くて、赤黒くて痛そうだけどもっともっと現実を忘れられそうな痕だった。
あたしは現実を忘れたい気がするけど、現実のなにを忘れたいのか、わからない。現場に行くために、あむちゃんと会った時にお金を渡すために、今まで以上に出勤を増やして、苦手な男の人とたくさん話してるからそれが嫌なのかな?それとも、親と離れて暮らしていること?それとも、あむちゃんと付き合えないことが辛いの?社会から外れて、客観的に見たらおかしいかもしれない生活をしてること?忘れたいのはあたしの生き方全部、じゃないのかな。生きてることを忘れたい。
あむちゃんはあたしに、行きつけのメンタルクリニックを教えてくれた。適当にそれっぽいことを言えば、すぐに強い薬をたくさん処方してくれるらしい。
今日は疲れたから、仕事帰りに貝印のピンクのカミソリを一箱買ってきた。ベッドの上でじーっと腕をみつめる。酔っているからか分からないけれど、傷跡がたくさんあるように見える。ゴシゴシ目を擦って、新品のカミソリを取り出した。ぜんぶ夢だったらいいな。あたしはあむちゃんと繋がれてうれしいのかな、辛いのかな、大好きだな、死にたいな、死んでほしいな。視界がぐるぐるするけど、本当にお酒だけだっけ?薬飲んだっけ?まだ傷のない場所にカミソリをあてて、ぴゅっと引いたらピンクいろの脂肪が見えて安心する。昨日より深く切れたから、あたしは成長してる。まだ大丈夫。
あむちゃんと家以外で会ったことはない。あむちゃんが行こうって言わないからべつにあたしも言わない。外が嫌いなのかと思ったけど、この間彼氏とディズニーランドに行ったらしいからそういうわけではないのかもしれない。彼氏と会ったあとのあむちゃんは、いつも幸せそうなのに辛そうな顔をしていて、あむちゃんが帰ったあとのあたしの表情に似ている。好きな人と会えているのに、なんで辛いんだろう?あたしたちって幸せなのかな?不幸なのかな。
「今日は一緒にODしよっか?」
コンビニのご飯をふたりで食べていたら、不意にあむちゃんがそう言った。理由は分からないけど、なんだかあたしはすごく嬉しかった。白かったり青かったりオレンジだったりする小さい錠剤を、ピンクいろをしたかわいいお皿にたくさん出して、カルピスで飲む。
「錠剤って味がしなくていいよね。でもあたし糖衣錠だいっきらい、あまったるくて大きくて気持ち悪くなる」
「わかる〜。あむはね、糖衣のやつは溶かしてのむんだよ」
プライベートで会うようになってから初めてあむちゃんと同じ気持ちでいるような気がして、幸せを感じながら、とろんとしてきたかわいい顔を見つめた。
ぱっと気づいた時に、あむちゃんはひとりでひざを抱えて泣いていた。なんで泣いているのか分からなくて、どうしたの?と聞いたら、
「くるたん、あむのこと殴ったらだめだよお」
と泣き笑いの表情であむちゃんは言った。あたしは何を言われてるのか分からなくて、まだぼんやりしている頭をフル回転して考えてみたけどぜんぜん思い出せなくて、でも腕の傷とはまたべつに、拳のあたりが痛い気がした。それに、あむちゃんの顔にはまだ新しいあざがあった。
「でもね、あむがぜんぶわるいから、やっぱり殴ってもいいよ」
また涙を零しながらあむちゃんはそう言って、あたしはなんだかそうかもしれないって思った。ぜんぶあむちゃんが悪いから、殴っても仕方ないんだと思った。その日は、じっとしているあむちゃんを強く抱きしめながら寝た。初めてあむちゃんが家にお泊まりをしたけど、そんなことはあまり気にならなかった。
あむちゃんの所属しているグループは久しぶりの現場で、オタクたちは楽しそうに飛び跳ねていた。あたしは昨日飲んだ薬のせいでまだぼんやりしていたし、ステージを見ながら冷や汗をかいていた。
あむちゃんはほっぺたに絆創膏を貼って、嘘くさい笑顔で必死に体を動かしていた。なんだか足がもつれているような変なダンスで、それなのにオタクは誰一人それを気にしていないようだった。
誰もあむちゃんの本当の姿は知らないんだなって思って、優越感とかじゃない、あたしだけがこんなに辛い思いさせられてるんだって、またじんわりと嫌な汗がつたって生傷にしみる。ステージもあむちゃんの顔も靄がかかったようでよく見えなくて、本当の姿はどっちなんだっけ?こっちが本当なら、あたしはあむちゃんの本当の姿がもう見れない、って思った。
新宿にある自宅には、あむちゃんが住み着くようになっていた。あたしは現場に行けなくなって、仕事と自宅の往復をして、あむちゃんはなんとかアイドルは続けているけど休みがちで、彼氏には会っていない。
夜にはふたりでリスカとODをして、あたしは毎日あむちゃんのことを殴っているみたいだった。
現実がどこにあるのか分からなくなって、忘れるべき現実も分からないのに取り憑かれたように自傷行為に浸るあたしたちはたぶんおかしくなってしまったんだと思うけど、ぜんぶあむちゃんが悪いから殴れば直るんだと思う。
いつものようにカルピスでたくさんの丸い粒を飲み干したら、あむちゃんがあたしの口にキスをして、終わりにしたいよ。と絞り出すような声で言った。
「もうぜんぶ終わりにしない?あむがぜんぶわるいから、くるたんの前からいなくなるから、アイドルもやめるから、きょうがさいごにしよう」
たぶん、離れるのが一番いいんだろうな、ってあたしも分かっていた。わかった、と言ってもう一度キスして、そのあとあむちゃんの首を絞めた。
離れるのが一番いいけど、あたしはあむちゃんと離れたくない。二人とも死ねば一緒のまま終わらせられる。だから死んでね、あむちゃん。
あむちゃんの呼吸が止まってからどのくらい経ったかわからない頃になって、ようやく手を離した。あむちゃんが腰に付けていたベルトを外して、窓枠に結ぶ。これでずっと一緒だからね。椅子に乗って、ベルトで丸く輪っかを作って首にかけ、椅子を蹴り飛ば